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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)12556号 判決

原告

右代表者法務大臣

田原隆

被告

関島保雄

吉田健一

被告ら補助参加人

遠山陽一

代理人の表示

別紙代理人目録記載のとおり

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金九一〇八万九九九七円及びこれに対する昭和六二年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告らが申立人代理人となって、仮執行の宣言が付された判決に基づいて行った原告に対する動産強制執行が、被告らの原告に対する不法行為を構成するとして、右執行により被告らが交付を受けた金員及び執行費用相当額並びにこれに対する執行の日(昭和六二年七月一六日)からの遅延損害金の賠償が請求された事案である。

一争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実

1  被告両名は弁護士であって、被告関島保雄(以下「被告関島」という。)は、東京高等裁判所昭和五六年ネ第一七九一号、同年ネ第二二七五号横田基地夜間飛行禁止等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所八王子支部昭和五一年ワ第四〇五号、同五二年ワ第一三五六号事件。以下「原事件」という。)の第二二七五号事件控訴人、第一七九一号事件被控訴人(原審原告。以下「原事件原告」という。)訴外福本龍藏ほか一二七名のうち同田中勝利及び宮崎信夫を除く一二六名の訴訟代理人であり、被告吉田健一(以下「被告吉田」という。)は、右福本龍藏ほか一二七名全員の訴訟代理人である。

2  東京高等裁判所第一二民事部は、昭和六二年七月一五日、原事件について原事件原告らの損害賠償請求を一部認容し、同認容部分のうち元本部分(控訴審における新たな認容額合計八九四一万二九六五円、一審認容額との合計認容額一億一二一四万七五〇〇円)についての仮執行宣言及び全認容額の八割に相当する金員(合計額八九七一万八〇〇〇円)の供託を条件とする仮執行免脱宣言を付した判決(以下「原事件判決」という。)を言い渡した(以下においては、本件原告を「国」と表示することもある。)。

3  原事件において国の指定代理人であった三木勇次検事(以下「三木検事」という。)は、原事件の控訴審判決期日に先立つ昭和六二年七月一〇日、被告関島との間で、控訴審判決で仮執行宣言が付された場合の対応について協議した。その席上、三木検事は、被告関島に対し、①仮執行免脱宣言が付された場合、国としては直ちに免脱担保の供託手続きを行うので、無用の競争を避けるため、仮執行を猶予願いたいと申し入れるとともに、②仮執行免脱宣言が付されなかった場合には、東京防衛施設局において同局振出の持参人払小切手を用意するので、これを目的物として執行してもらいたい旨提案した。これに対し、被告関島は、右②について了承するとともに、仮執行免脱宣言が付されなかった場合の控訴審判決による仮執行は森田太三弁護士(以下「森田弁護士」という。)が担当し、本日の交渉内容を同弁護士に引き継ぐので、以後は同弁護士と連絡をとられたい旨述べた。これによって、②についてはその旨の合意が成立したが、①については被告関島が拒絶したため合意は成立しなかった。

4  国は、右2の判決に基づく強制執行を免れるため、同判決言渡しの当日である昭和六二年七月一五日正午ころ、東京都千代田区〈番地略〉所在の東京法務局において、同局供託官に対し、同判決が仮執行免脱のための担保として定める金額の合計額にあたる八九七一万八〇〇〇円を供託した(以下「本件供託」という。〈書証番号略〉)。

5  原事件における国の指定代理人は、同日午後早く、東京地方裁判所執行官室及び同裁判所八王子支部執行官室に、それぞれ、仮執行免脱のための担保として本件供託をした旨の上申書及び供託書受理証明書を提出した(〈書証番号略〉、証人吉本克巳、同田中一志)。

6  被告らは、同日夕刻、神奈川県横浜市〈番地略〉横浜地方裁判所執行官室において、同裁判所執行官室に対し、債権者福本龍藏ほか一二七名の代理人として、原事件判決に基づく動産執行の申立て(横浜地方裁判所昭和六二年執イ第四七八一号ないし第四九〇八号動産執行事件。以下「本件執行申立て」という。)をした。

7  横浜地方裁判所執行官川越良二及び同永野明は、翌一六日、同区〈番地略〉所在横浜港郵便局において、同郵便局官吏保管中の現金から、請求債権額八九四一万二九六五円、執行費用五〇〇万円の合計九四四一万二九六五円を差し押さえ、右請求債権額八九四一万二九六五円を立ち会った被告関島に交付した。

8  右永野明は、国に対し、右執行費用の清算金として、同月二一日に三三一万六九六八円、同月二四日に六〇〇〇円をそれぞれ返還した(〈書証番号略〉)。

二争点

1  本件執行の申立てについて、被告らに不法行為の責任原因があるか。

(一) 本件供託により原事件判決の執行力が消滅したか。

(二) 本件執行申立ての違法性と主観的帰責性の有無。

2  本件執行により原告に損害が生じたか。

第三判断

一本件執行の経緯

争いのない事実、証拠(〈書証番号略〉、証人盛岡暉道、同吉本克巳、同柘植寿三郎、同田中一志、被告関島、同吉田)及び弁論の全趣旨によれば、本件執行の経緯として、以下の事実が認められる。

1 昭和六二年七月一五日午前一〇時ころ、前記第二の一2のとおり、原事件判決が言い渡されたが、原事件原告弁護団は、右判決言渡し後直ちに判決正本を受領して執行文の付与を受け、右弁護団の中で執行担当となっていた森田弁護士及び大山美智子弁護士(以下「大山弁護士」という。)並びに原事件原告弁護団の事務を担当していた柘植寿三郎(以下「柘植」という。)ほか数名の事務局員が、東京弁護士会の三〇一号室において、執行申立書作成等の執行の準備にあたった。

2 同日正午ころ、国は、前記第二の一4のとおり本件供託をし、同日午後、三木検事は、森田弁護士の所属する南新宿法律事務所に電話をしたが、森田弁護士は右のとおり執行の準備にあたっていて不在であっため、同事務所に所属し、電話に出た原事件第一審原告ら代理人である榎本信行弁護士(以下「榎本弁護士」という。)に対し、法務省訟務局検事の三木であると名乗った上、仮執行免脱のための担保を立てたので、仮執行手続をとらないこととされたい旨申し入れた。これに対し、榎本弁護士は、免脱の担保が立てられたことを執行担当の弁護士らに連絡すると答え、東京弁護士会で執行の準備にあたっていた森田弁護士らに、国が免脱担保金を供託したらしい旨を電話で連絡した。

3 森田弁護士は、榎本弁護士からの右連絡内容を確認するため、柘植に対し、東京地方裁判所執行官室に何らかの連絡が入っていないか確認してくるように指示し、右指示を受けた柘植は、同日午後二時半ころ同執行官室を訪れた。柘植は、同裁判所執行部事務室において、新件係の受付をしていた吉本克巳次長代理から、国から前記第二の一5のとおり上申書及び供託書受理証明書が提出されているため、執行申立てをしても無駄である旨告げられた。さらに、柘植は、従前から仕事等で顔見知りで、同事務室で旧件係の受付けをしていた田中一志から、右上申書等が提出されている旨告げられるとともに、右上申書及び供託書受理証明書の原本を見せられ、これを右受付のカウンターの上で数分閲読した。

その結果、右証明書の一枚目の記載により、供託者が国で、仮執行免脱のため供託された金額が自分が執行の準備の際に計算しておいたおおよその免脱担保金額である八九〇〇万円と一致し、被供託者の一覧表の筆頭には、原事件原告の福本龍藏の名前があることを確認した。柘植は右田中に対し、右上申書等のコピーを要求したが、田中はこれを断った。柘植は、東京地方裁判所本庁では執行申立てができないと考えたため、判決言渡日前に執行について相談していた執行官室の橋村春海幹事長に簡単な挨拶をして、東京弁護士会の三〇一号室に戻り、森田弁護士ら執行担当者に、右の確認内容を報告した。被告関島は、同日午後三時頃、二名の弁護士とともに外務省における交渉等から右三〇一号室に戻り、執行担当者から、右2の三木検事からの電話連絡の内容と右3の柘植が確認してきた内容を聞いた。

4  被告関島らが執行申立ての準備作業を点検したところ、仮執行の対象となっていない遅延損害金の計算作業を進めていたことがわかり、右作業を中止するとともに、被告関島らが執行申立先を協議した。その結果、東京地方裁判所を避け、近辺の裁判所のうち保管現金額の多い郵便局で執行のできる所として横浜地方裁判所に執行の申立てをすることが決められ、同日午後三時半頃、森田弁護士、大山弁護士、岩崎修弁護士及び柘植が横浜地方裁判所へ向かった。

5  本件執行申立ては、横浜地方裁判所において同日午後四時三〇分に受理された。右申立ては、原事件弁護団の事務局長である被告関島と、原事件原告の中に被告関島が訴訟委任を受けていない者がいたことから、それらの者からも受任していた被告吉田の二名を申立人代理人としてなされた。

6 本件執行申立てに基づく執行は、翌一六日午前一〇時三五分、横浜港郵便局において、被告関島と森田弁護士の立会いのもと着手され、同一〇時五五分、前記一の7のとおり現金の交付により完了した。

二争点1の(一)について

1  原告の主張

財産権上の請求に関する判決について、仮執行免脱宣言(民事訴訟法一九六条三項)とともに付された仮執行宣言(同条一項)は、仮執行免脱のための担保を供することを解除条件とする仮執行宣言であるから、仮執行宣言に加えて仮執行免脱宣言の付された判決の執行力は、仮執行免脱宣言の定める金員が仮執行免脱のための担保として供託されることにより、直ちに消滅する。したがって、原事件判決の執行力は、本件供託がなされたことにより消滅した。

2  被告らの主張

仮執行免脱宣言は、仮執行免脱のための担保の供託に、仮執行宣言の付された判決の執行力を消滅させる効力を与えるものではなく、右供託をした債務者が供託書正本又は供託証明書を執行機関に提出した場合に、当該文書の提出を受けた執行機関に対し、以後執行を開始し又は続行することを許さず、既に行った執行処分を取り消さなければならないという拘束を課するにすぎない。したがって、原事件判決の執行力は、本件供託によっては消滅していない。

3  当裁判所の判断

(一)  仮執行免脱宣言は、同宣言の定める金員が仮執行免脱のための担保として供託されることにより、同宣言及び仮執行宣言の付された判決の執行力を、当然に消滅させるものと解すべきである。

民事訴訟法一九六条三項は、仮執行免脱宣言につき、「担保ヲ供シテ仮執行ヲ免カルルコトヲ得ヘキ」宣言である旨規定するにとどまる。しかし、仮執行免脱宣言に基づいて強制執行を免れるための担保を立てたことを証する文書(以下「立担保証明文書」という。)は、その文書の執行機関への提出により強制執行の停止に加えて既になされた執行処分の取消しもなされるという、いわゆる執行取消文書にあたる(民事執行法第三九条一項五号、第四〇条)。そして、右立担保証明文書が強制執行停止文書としてだけでなく強制執行取消文書としても規定されているのは、担保が立てられたことにより仮執行宣言及び仮執行免脱宣言付き判決の執行力が直ちに消滅してしまうが故に、将来強制執行手続が続行される余地がなくなり、既にした執行処分を維持しておく必要もなくなることによるものであると解される。すなわち、民事執行法においては、民事訴訟法の規定する仮執行宣言及び仮執行免脱宣言付き判決の執行力は、免脱担保が立てられることにより当然に消滅することが前提となっていると考えられる。言い換えれば、仮執行宣言はもともと上級審における原判決ないしは仮執行宣言の変更を解除条件とする債務名義であるが、これに仮執行免脱宣言が付された場合は、上級審における原判決ないしは仮執行宣言の変更という事由の他に、免脱担保を立てることが、仮執行宣言の効力の解除条件を構成する事由として追加されていると解されるのである。

(二) もっとも、執行取消文書には、債務名義ないしは執行力のある債務名義の正本の執行力が消滅したことを証明する文書だけでなく、執行力の消滅以外の理由により強制執行を許さないことを明らかにした文書も含まれている。執行力消滅以外の理由で執行取消文書となっているもののうち、民事執行法三九条一項一号に規定されているのは、執行対象が責任財産に属しないこと(第三者異議の訴えの認容判決の場合)又は執行手続上の瑕疵(執行抗告及び執行異議の申立てに基づく執行不許又は執行手続の取消しの裁判の場合)により執行が許されなくなるものである。文書の提出による執行停止・取消制度は、元来、債務名義の作成機関とその執行機関を分離し、債務名義に表示された執行請求権を変動させる執行手続外での判断を、文書の提出により執行手続に反映させようとするものであって、執行力消滅以外の理由に基づく執行取消文書は、右趣旨とは異なる考慮により規定されているものである。そのため、それらの執行取消文書の形式は、執行を許さないことないしは執行手続を取り消すべきことが主文において明らかにされている裁判に限られている。

また、民事執行法三九条一項六号は、債務名義ないしは執行力ある債務名義の正本の効力を否定する裁判、すなわち同項一号にあたる裁判がなされる見込みが大きいとして、執行停止のみならず取消しをも命じる裁判の正本を執行取消文書とするものであるが、これも、執行力の変動そのものを示す文書ではないものの、それに準ずるものとして特別に同一の効力を認めるもので、執行処分の取消しを命ずる旨の裁判の正本が執行取消文書となっているのである。

このように、執行力の消滅を執行手続へ反映させるという観点とは異なる趣旨から執行取消文書として規定されているものは、執行を許さない旨あるいは執行を取り消す旨の裁判という明確な形をとっているものに限られているのである。

(三) 右に挙げた文書以外の執行取消文書は、文書提出による執行取消制度の本来的な趣旨に由来するもので、同項一号の文書のうち右に挙げた文書以外のもの並びに二号及び三号の文書は、執行力の消滅を公証するものであることが明らかであり、四号の文書も、両当事者の合意ないしは債権者による執行請求権の放棄の意思表示による執行力の消滅を公証しているものである。

このことは五号の立担保証明文書についても同じであって、前述のように仮執行免脱宣言が仮執行宣言の効力を限定するものとして判決主文に掲げられるものであることからすれば、免脱担保を立てたことの執行手続に対する効果は、債務名義の執行力がどうなるかという点以外にあり得ないのであり、民事執行法が、免脱担保を立てたことを異議事由として請求異議訴訟で執行不許の判決を得るというような手続を要求せずに立担保証明文書そのものを執行取消文書として規定していることからみると、執行手続外の手続である担保提供により執行力が消滅することを前提に、これを執行手続に反映させるために、立担保証明文書が規定されていると解されるのである。

(四) 被告らは、免脱担保が立てられた場合にも執行文が付与されるという見解の存在及び実務上の取扱いを根拠に、免脱担保を立てたことにより直ちに仮執行宣言付き判決の執行力が消滅すると解することはできない旨主張する。

なるほど、執行文は債務名義の執行力が現存することを公証するものとされ、民事執行法二六条二項も「その債務名義により強制執行をすることができる場合」に執行文が付与される旨規定する。免脱担保が立てられたことが明らかにされた場合は執行文を付与しないという運用も、理論上は十分成り立ち得ると考えられる。

しかし、既に述べたように、民事執行法は、債務名義の執行力が執行手続外で消滅したことを執行手続に反映させるための方法として、執行を担当する執行機関への執行停止・取消文書の提出という手段を選択しているのであるから、執行の準備段階にすぎない執行文付与の手続においては、必ずしもあらゆる執行力の消滅原因が反映されなければならないものではない。また、免脱担保においては、供託の場合であれば供託の目的物の取戻しを受けることにより、支払保証委託契約または当事者間の契約により担保を立てた場合であればそれらの契約の解除等により、執行力が復活して執行可能となることもあり得る。このような点を考慮し、免脱担保が立てられたことが明らかにされた場合でも執行文を付与するという運用をすることは、民事執行法の趣旨と相反するものではないから、右実務上の取扱いは、立担保により執行力が消滅すると解することと必ずしも矛盾するものではない。

(五) ところで、立担保証明文書は、執行取消文書のなかで唯一その作出に裁判所が関与しないものであり、支払保証委託契約及び当事者間の契約により担保を立てた場合には、立担保証明文書は私文書である。供託による場合は、供託書正本または供託受理証明書は公文書ではあるが、免脱担保の供託に際して判決正本は添付すべき書類に含まれず、供託の受理は供託書の記載事項の形式的な審査にとどまる。しかも、供託がなされただけにとどまる場合は、供託書正本は勝訴原告には送達されず、勝訴原告において判決どおりの適正な供託がなされたか否かを検討できる手続規定はなく、供託自体についての不服申立ての方法もない。こうした点に着目すると、執行力の消滅という不利益を課すにしては手続的保証に欠けるように見えるかもしれない。

しかし、免脱担保を供することによる執行力の消滅に関しては、裁判所が判断するのを相当とする実質的事項については、仮執行免脱宣言をした裁判において既に判断済みであり、担保の供託等が適正になされたかどうかは、いわば事務的な判断事項に属するから、裁判所が関与する必要性は薄い。そして、立担保による執行力の消滅は、前述の民事執行法の構造上、執行停止・取消文書の提出によりはじめて執行手続に反映されるべきものであるから、執行手続との関係では、立担保証明文書の形式・内容等の適正は、執行停止・取消文書として執行機関に提出された段階で審査を受ければ十分であると考えられる。旧民事訴訟法で設けられていた、供託関係書類を裁判所が受け入れ、供託受理証明書を被告に送達するという手続きが廃止された理由も、そこにある。

したがって、免脱担保を立てたことにより直ちに執行力が消滅すると解しても、債務名義を有する者にとって、執行手続上必ずしも手続的保証に欠けるとは言えない。

(六) よって、原事件判決の執行力は、本件供託がなされたことにより直ちに消滅したものと認められる。

三争点一の(二)について

1  原告の主張

(一) 債権者において債務名義の執行力がないこと、あるいは既に消滅したことを知り又は知り得べきであるのに、執行の申立てを行い、事情を知らない執行機関をして執行手続をとらせることは、不法行為を構成する。

(二) 被告関島は、本件執行申立ての時点で、原告が仮執行免脱のための担保として既に本件供託をした事実を知っていたにもかかわらず、執行官が右事実を知らず執行停止文書が提出されていない場合には強制執行をすることを悪用して、本件上申書の提出されている執行官室を避け、横浜地方裁判所執行官に対し、本件執行申立てをした。

被告吉田も、本件執行申立前に本件供託の事実を知っていたものと認められる。仮にそうでないとしても、遅くとも本件執行の開始前には右事実を認識していたにもかかわらず、自己の名義でなされた執行申立てを取り下げる措置をとらなかったから、不法行為責任は免れない。

(三) 仮に被告らに違法性の認識がなかったとしても、被告らは、原告が免脱担保を供託したことを知ったにもかかわらず、強制執行申立ての委任を受けた法律専門家である弁護士として当然持つべき問題意識を持たず、判例・学説の調査・検討を尽くさなかったために、誤った法的見解に基づき本件執行申立てをしたものであり、この点につき被告らには過失がある。

2  被告らの主張

(一) 学説上一般に不法行為が成立すると解されているいわゆる不当執行は、実体法上の権利がないのに強制執行をする場合であって、本件の場合はこれと異なり、供託によって原事件判決の執行力が消滅したとしても、直ちに不法行為が成立するとは言えない。

(二) 仮に本件供託によって執行力が消滅したとしても、執行力消滅の効果を現実に主張するためには、供託書正本又は供託証明書を執行機関に提出しなければならない。したがって、右文書の提出されていない執行機関において執行を行うことは何ら妨げられないのであり、被告らが本件供託の供託書正本又は供託証明書の提出されていない横浜地方裁判所執行官に本件執行申立てをして行った強制執行については、原告は原事件判決の執行力消滅の効果を現実に主張し得ない。

(三) 執行力の消滅の有無、右の執行力消滅の効果の主張方法等についての法解釈は確定しておらず、むしろ強制執行の実務においては、仮執行を止めるためには、債務者側は免脱担保を供託しただけでは足りず、立担保証明文書を執行機関に提出しなければならないのであって、右提出と執行の完了とが競争関係にあるということが、実務関係者の共通の認識であった。したがって、本件執行申立てにつき公序良俗違反の評価を与えるような規範的根拠は存在しない。

のみならず、横田基地訴訟の深刻な被害の実態から即時救済の必要性があり、被告らは弁護士の職責上当然の判断として本件執行申立てに及んだものであることからすれば、本件執行申立てには不法行為法上の違法性は認められない。

(四) 被告らに本件供託がなされたという事実の認識があったとは言えない。また、被告らには違法性の意識ないし違法性の意識の可能性がなかった。

3  当裁判所の判断

(一)(1)  債権者が、仮執行宣言及び仮執行免脱宣言が付された判決に基づき強制執行をする場合において、既に免脱担保が立てられていることを知りながら強制執行の申立てを行い、執行機関をして強制執行手続をとらせることは、不法行為としての違法性を備え得ると解すべきである。

言うまでもなく、強制執行は債務名義の執行力ある正本に基づいて行われるものであるから、観念的に実体上の請求権が存在しても、債務名義の執行力ある正本が存在しないかぎり正当な執行はなし得ない。強制執行をするために執行文の付与が必要な債務名義においては執行文の付された債務名義の正本が、その他の債務名義(承継執行文の不要な場合の仮執行宣言付支払命令)にあっては単に債務名義の正本がそれぞれ存在すれば、これにより強制執行を申し立てて執行機関をして強制執行手続をさせることは可能である。しかし、前記のように執行文は必ずしも債務名義の執行力の消長をすべて反映するものではないから、執行文の付与された債務名義の正本が存在しても、客観的にはその執行力が消滅している場合があり得る。執行文の不要な債務名義においては、なおのことそうした食い違いの生じる一般的可能性が高いことになろう。

したがって、債務名義ないしはその正本の執行力が消滅している場合にも、強制執行の申立てがなされ、執行力の消滅が強制執行手続に反映されずに強制執行手続が取り消されないまま完結してしまうことも起こり得るところであるが、民事訴訟手続は、実体上の請求権の実現方法として、債務名義という形で執行力を具現し、その執行力をもって強制執行手続により請求権の満足を得させることを予定しているのであって、執行力の存在は民事訴訟制度が予定している強制執行の前提条件なのであるから、執行力を欠いたまま強制執行の申立てをした場合には、右申立てやこれによる執行手続を続行させることに不法行為としての違法性が生じ得るのである。

債務名義の成立後に弁済等によって当該債務名義の基礎となった実体上の請求権が消滅しているのに、右債務名義に基づいて執行の申立てをすることが不法行為としての違法性を有することは一般に肯定されているが、これも、実体上の請求権の消滅により執行力が消滅したにもかかわらず強制執行を行った点に、違法性を認めるべき大きな根拠のひとつが存在するのであって、本件のように仮執行宣言付き判決の解除条件成就による執行力消滅の場合も、その点で違法性の生ずる基礎は同一である。

(2) 被告らは、執行機関に対する執行停止・取消文書の提出がないかぎり債務名義ないしはその正本の執行力の消滅を現実に主張することはできない旨主張する。確かに、右執行力の消滅を強制執行手続に反映させるためには、右文書の提出が必要である。

しかしながら、本件で問題となっているのは、執行力の消滅にともなう執行手続の停止・取消の可否ではなく、執行力が消滅した場合に執行申立てを行って執行機関に執行手続をとらせたことの違法性の有無である。前述のように、強制執行手続は債務名義の執行力の存否を必ずしも完全に反映せずに開始・続行されることがあり得るが、これは、執行の迅速を図るためには債務名義の実質的審査権を執行機関に与えることが不適当であるという手続的要請から、当事者主義を加味して、(必要ならば執行文の付与された)債務名義の正本に基づいて執行が開始されるという構造を執行法が採用したことによるものであり、右手続的要請によって、民事訴訟手続の本来予定する必要不可欠な前提条件を欠落した執行申立ての違法性までが正当化されるものではない。

強制執行の執行法上の適否と、不法行為としての違法性の有無とは、評価の面を異にするのであって、強制執行が執行法上の評価として適法に完結したとしても、不当執行はあり得るのである。

(3) 被告らは、執行力の消滅の有無等についての法解釈は確定していなかったとして本件執行申立てにつき公序良俗違反の評価を与えるような規範的根拠がない旨主張する。しかし、免脱担保が立てられたことによる仮執行宣言付き判決の執行力の消滅は、〈書証番号略〉の文献に見られるように古くから論じられてきたものであり、かつ、執行力の存在が強制執行の本来的な基礎であることは法律家にとって常識に属する事柄であるから、執行力の消滅した債務名義による強制執行に違法性を認める規範的根拠は存在すると言うべきである。

(4) 被告らは、強制執行実務の実態や強制執行に係わる国の従前の対応からみても、仮執行を止めるためには、債務者側は免脱担保を供託しただけでは足りず、供託証明書を執行機関に提出しなければならないとするのが実務の取扱であり、反面、債権者側は供託証明書の執行機関への提出前に執行を終了させるという競争関係において行動するということが、実務関係者の共通の認識であったと主張する。

しかし、証人白川博清、同盛岡暉道、被告関島及び同吉田が供述する公害裁判の実例の殆どは、控訴にともなう強制執行停止決定に関するものであり、大阪空港公害訴訟の場合は、本件同様判決に仮執行宣言とともに仮執行免脱宣言が付された事案ではあるが、執行完了前に免脱担保を立てることができなかった事例である。原事件第一審判決による執行のケースは、執行官に対し担保を供託した旨の電話連絡があったにもかかわらず執行官が執行を開始したのであるとしても、単に執行官に対する電話連絡があったというだけでは本件と同様に考えることはできないし、また、執行官が執行法上適法に執行を開始し得るかどうかと、債権者の行為が不法行為法上どのように評価されるかは別個の問題であることは、既に述べたとおりであるから、本件に対し先例となるものではない。また、右ケースにおいて元本分の執行終了後に行われた遅延損害金分の執行は、原事件原告らが免脱担保の供託がされた事実を了知した後にされたものではあっても、国が遅延損害金のみの執行を免れるために多額の供託金を供託したままにしておくことを不適当と考えて、原事件原告らの同意を得て供託金を取り戻したうえ執行を受けたものであるにすぎない(証人盛岡)。これらの事例から、執行の実務上、債務者が免脱担保を供託したことを債権者が知っていても、供託証明書が執行機関に提出されない限り、執行申立てやその続行が不法行為にならないという共通の認識があったものと認めることはできない。

被告らは、従来の実例から、強制執行の実態は執行完了と執行機関への停止・取消文書提出の「スピード競争」であると強調する。しかし、民事執行法上は、執行停止・取消文書が存在しても、強制執行申立前の段階で執行機関に提出し得ることを定めた規定はなく、また執行実務においても、当該具体的執行につき執行機関となりうる裁判所ないし執行官は執行申立前にはかかる文書を受理しない扱いとなっている。そのため、本件のように仮執行免脱宣言及び仮執行宣言の付された判決が言い渡された場合、右判決の敗訴被告としては、免脱担保を立てても、強制執行の申立前には、それ以上に右判決に基づく強制執行を阻止するためにとり得る法律上の手段はない。特に、敗訴被告の財産所在地が多数ある場合に、勝訴原告が、本件のように換価手続を要しない金銭に対する強制執行を選択したときには、申立の時期、場所を勝訴原告が任意に選択することができることともあいまって、免脱担保を立てた敗訴被告の側では、執行完了までに執行を阻止する法的手続(立担保証明文書の執行官に対する提出)をとることは、事実上不可能といってよい。つまり、敗訴被告にとっては、競争の日時やゴールの所在が事前に知らされず、それが判ったときには、たいていの場合執行は完了しているという一方的に不利益な競争を強いられるのである。これは、真の意味でスピード競争とは言えない。

(5) 被告らは、原事件で原事件原告らの主張している深刻な被害の実態から即時救済の必要性があり、そのために本件執行の必要があった旨主張する。しかし、被害救済の必要性はあるにしても、原事件判決において、免脱担保が立てられることにより仮執行ができなくなってもやむをえないと判断されたものである以上、緊急行為としての違法性阻却事由に準ずるような緊急性があると言うことはできない。

また、被告らは、右被害救済の必要性を考えれば本件執行申立てに及んだことは弁護士の職責上当然である旨主張するが、弁護士として依頼者のためにその最も利益となる手段を選択することが弁護士の職責であるとしても、法律上許容される範囲内でその手段を選択すべきことは言うまでもないことであって、その点を抜きにして、依頼者の利益を図る目的であったことから直ちに弁護士の正当な業務行為として違法性が阻却されることになるものではない。

(6) なお、被告らは、大審院昭和一九年五月九日判決(民集二三巻一〇号二九五頁)が、保証を条件とする強制執行停止決定が発せられた場合において、執行債権者が右停止決定及び保証供託の事実を知り又はこれを知り得べかりしときといえども、執行機関に対し当該停止決定正本の提出前にした強制執行を必ずしも不当とはいえない旨判示したことから、本件供託の事実を認識しながらなされた本件執行申立ても不当とはいえない旨主張する。しかし、右判決は、執行停止の効力しか有しない強制執行停止決定に関するものであって、執行力の消滅に伴う執行取消文書が問題となる本件とは事案を異にするから、本件行為の違法性を否定する論拠となるものではない。

また、大阪高裁昭和六〇年二月一八日決定(判例タイムズ五五四号二〇〇頁)は、債権者が仮執行宣言付き判決に対する強制執行停止決定の送達を受けた後に右判決を債務名義として債権差押命令を申し立て、債権差押命令が発せられたため、債務者が右差押えの取消しを求めて執行抗告を申し立てた事案について、「執行停止決定は、……判決の実体的執行力に係わるものではないから、本件債権差押えの申立てが執行停止決定後になされたからといって、当該申立てそのものが違法となるものではなく、更に、判決につき執行停止決定がなされていることを差押債権者において知っていたにもかかわらず債権差押えの申立てをしたからといって、当該申立てが直ちに権利の濫用に当たり違法となるものでもない。」と判示して抗告を棄却したが、右事案は、やはり執行停止に関するものであるばかりでなく、執行停止文書が債務名義の執行力の消滅に係わらないことを理由として、執行停止文書が執行機関に提出されても執行機関としては執行を開始して差押えをした上で事後の手続を停止しておくべきであるとの考え方をとったものと解することが可能であるから、本件の問題点に関し適切な先例とは言えない。

(二)(1) 次に、被告らの主観面について検討する。被告関島が本件執行申立前に、榎本弁護士から、南新宿法律事務所に「法務省の三木検事」と名乗る人物から国が本件供託をした旨の電話が入ったことを聞いていたことは、前記一で認定したとおりである。被告関島としては、第二の一3の被告関島と三木検事の話合いの内容からして、原事件判決後国側が仮執行の問題に関して原事件原告側に連絡を取るとすればその担当者は三木検事であろうこと、右連絡は原事件原告側の執行担当者とされていた森田弁護士の所属する南新宿法律事務所にされるであろうことは十分に予見できたところで、したがって、右電話をかけてきた者が三木検事本人であることは容易に推測できたものと認められる。そして、右話合いの内容から、原事件の判決で仮執行免脱宣言が付された場合国側は直ちに免脱担保を供託するであろうことは当然予測されたところであり、同判決当日、判決の言い渡された午前一〇時から三木検事による電話があった時刻まで数時間が経過していて免脱担保の供託に要すると思われる時間としては十分な時間の経過があったことも明らかである。こうした経緯に照らせば、右電話があった旨の報告と前記柘植からの報告を受けたことにより、被告関島は、本件執行申立て当時既に国が本件供託をした事実を認識していたものと認められる。

(2) 一方、被告吉田は、原事件弁護団において執行の担当には入っておらず、原事件判決言渡後、判決報告集会や第二東京弁護士会の司法問題委員会に出席した後、午後五時頃から原事件弁護団と原事件原告らとの会合に出席し、その場で本件執行申立てが横浜地方裁判所になされたことを初めて聞いたが、その具体的経緯は聞いておらず、自分の名前が申立人代理人として加えられていたことを知ったのは、本件執行が完了した後である旨供述し、柘植証人もこれに沿う証言をしている。被告吉田が本件執行申立書に自ら署名捺印したものではないとしても、本人の承諾を得ずに申立人代理人とするものであろうかという疑問があるが、被告吉田の供述等によれば、本件の場合、予め被告吉田の承諾を得ないで申立書に名前を記載しても本人の意思に反しないであろうことは、執行担当者らには明らかだったと認められるから、予め承諾を求められていないとしても不自然とまでは言えない。そのほか、被告吉田及び柘植証人の各供述の信用性を否定して、被告吉田が、本件執行完了前に、自分が本件執行申立代理人となっていることを知っていたと認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告吉田については、不法行為として主張されている本件執行申立てとその続行に関し、自己の行為であることの認識があったということができないから、その余の点について判断するまでもなく主観的帰責事由は認められない。

(3) 次に、被告関島の違法性の意識ないしその可能性につき検討する。

被告関島は、仮執行免脱宣言が付された場合の仮執行宣言付判決に基づく強制執行の実態は、いわば執行の完了と執行機関に対する立担保証明文書の提出とのスピード競争であり、右文書の提出までは執行が可能で、かつ、執行しなければならないというのが弁護士の意識である旨主張する。

確かに、本件のような仮執行宣言付判決による強制執行に関する事案において、仮執行免脱担保の供託により債務名義の執行力が消滅し、債権者による執行申立てにつき不法行為が成立する旨を判示した裁判例は見当たらず、学説においても、特に右不法行為の成否という問題点を意識した議論は、ごく最近まで見られなかったようである。また、被告関島自身は、本件供託により原事件判決の執行力が消滅したとは認識せず、したがって、執行力が消滅した債務名義による強制執行の申立ての不法行為としての違法性につき何ら検討することなく本件執行申立てに及んだ旨供述している。

(4) 被告関島が、仮執行免脱担保が供託されたことを知った場合でも執行機関に供託証明書が提出されない限り、執行申立てをすることは差し支えないと考えていたとしても、それは法律の錯誤にすぎず、違法性の意識の可能性があれば、不法行為責任は免れない。そして、以下のとおり、被告関島には違法性の意識の可能性があったものと認められる。

前述のとおり、仮執行免脱担保を立てたことによる仮執行宣言付き判決の執行力の消滅は比較的古くから論じられ、また、執行力の存在は民事訴訟手続が本来的に予定している強制執行の必要不可欠の前提条件であって、そのこと自体は法律実務家にとっていわば常識に属する。このことだけでも、違法性の意識の可能性、換言すれば正当な法解釈の可能性を肯定するのに不足はないと言うべきである。

被告らが主張する公害事件等における強制執行の先例が、いずれも、免脱担保が供託されたことを債権者が知っていても供託証明書が執行機関に提出されない限り、執行申立てやその続行が不法行為にならないという共通の認識があったと認める根拠とはならないことは、前記のとおりであるから、右先例を根拠に違法性の意識の可能性がなかったとすることもできない。

ところで、敗訴被告の財産所在地が多数ある場合に、勝訴原告が換価手続を要しない金銭に対する強制執行を選択したときには、申立の時期・場所を勝訴原告が任意に選択することができることもあって、免脱担保を立てた敗訴被告の側では、執行完了までに執行を阻止する法的手段をとることは事実上不可能であり、この場合は、強制執行の完了と立担保証明文書の執行官への提出が真の競争関係にあると言えないことは、前述のとおりである。本件において、国は、仮執行免脱宣言に基づいて免脱担保を供託しており、強制執行申立前に国がとり得る法律的措置は全て実行したほか、事実上、東京地方裁判所執行官室に、本件供託をした旨の供託書受理証明書を添付した上申書を提出しており、被告関島はそのことを認識していた。その上で被告関島は、即日執行の可能な横浜地方裁判所に対して、執行の完了まで比較的時間のかからない現金に対する強制執行を申し立てたもので、右執行申立てに対する執行停止・取消の申立て等の対抗措置を国が事実上とりえないこと、その場合仮執行免脱宣言とそれに基づく免脱担保の供託が執行手続上は無意味に帰してしまうことを、被告関島は十分認識していたものと容易に推認できるところである。したがって、被告関島としては、本件仮執行宣言付き判決に基づいて強制執行を申し立てるにあたり、同じ判決主文に掲げられた仮執行免脱宣言の付された趣旨を事実上無意味にする結果になってよいものかという観点から、反対動機を形成する契機は十分にあったと言わざるを得ない。この点は、被告関島に違法性の認識の可能性があったか否かを判断するにつき、看過できない事情と言うべきである。

なお、原事件原告の被害救済の必要性及び弁護士としての職責の点がいずれも違法性を阻却する事由とは言えないことは前記のとおりであるから、これらの事由があったことを根拠に、違法性の意識を欠いたことについて相当の理由があるとすることはできない。

(三) よって、本件執行を申し立て執行機関をして強制執行をなさしめた被告関島の行為につき、不法行為の責任原因が認められる。

四争点二について

1  原告の主張

原告は、被告らの右のような違法な本件執行申立てに基づく強制執行により、九一〇八万九九九七円の損害を受けた。本件強制執行は、債務名義の執行力消滅後のものであるから、本件執行行為に基づいて被告らに右金員が交付されたことにより、原事件原告らが有すると主張している損害賠償債権に対し有効に給付がなされたことにはならない。執行官の行為が民事執行法上適法であることや、原事件原告らが国に対し実体法上損害賠償債権を有しているかどうかは、損害の有無には無関係である。

2  被告らの主張

原事件原告らは国に対し少なくとも原事件判決の認容した損害賠償請求権を有しており、本件執行での執行官による現金の交付は、原事件原告らの損害賠償請求権に対する、その時点での適法な弁済にほかならず、執行費用についても同様に弁済にあたるから、国には損害は発生していない。

また、原事件原告らが原事件の最高裁判所判決において勝訴し、損害賠償請求権を有することが確定しても、原事件原告らは債務名義を有せず執行文の再度の付与も受けられないから、再度の執行はできず、この点からも国には損害がないと言える。

3  当裁判所の判断

(一)(1) 既に判断したように本件執行申立ては不法行為としての違法性及び主観的帰責性を有するものであるから、かかる行為により金銭を取得した以上、右金銭は当然に損害となるとしてよいようにも考えられる。

しかし、右金銭の取得は、あくまで強制執行の結果として生じたものであるから、本件強制執行の効力の問題を離れて、損害となるか否かを判断することはできない。仮に、本件執行行為が無効であるとすれば、その予定する実体法上の弁済の効果も否定され、原事件原告らが損害賠償請求権を有することが確定した場合の再度の執行も可能となる筋合いであるが、反対に本件執行行為が有効であるとすれば、原事件原告らによる金銭の取得・保持は法律上の根拠を有することになるとともに、原事件被告の国に対しても強制執行の結果としての実体法上の利益を与えることになるから(仮執行であるから、次に述べるように条件付のものではあるが)、これを損害と評価することはできないことになるはずだからである(執行行為が有効であれば、右のような効果が生じるために、再度の執行も考える余地がないことになる。)。この点、何ら実体法上の権利がないのに強制執行を行って利益を取得するいわゆる不当執行の場合とは、損害の面で異なるところがあると言わなければならない。

ちなみに、本件は未確定の判決に基づく仮執行の効果の問題であって、執行行為が無効であれば、最終的に原事件原告らの国に対する実体法上の損害賠償請求権が認められる結果になったとしても、本件執行によって取得した金銭は不法行為の損害になると考えられるから、原告主張のとおり、右請求権の存否そのものは、本件における損害の有無とは無関係と言うべきである。

(2)  ところで、仮執行宣言の付された判決に基づく執行の効果は、本案判決若しくは仮執行宣言が取り消されることを解除条件として発生する。したがって、被告らが主張するように、本件執行での執行官による被告関島らへの現金交付が、原事件原告らの損害賠償請求権に対する有効な弁済になるとすると、本件執行の時点で、原事件原告らの損害賠償請求権を解除条件付で消滅させ、遅延損害金の発生も止めることになり、執行費用についても、本件執行が執行としての本来の意味を有する限りでは執行債務者が負担すべきものであるから(民事執行法四二条一項)、原告が主張する損害は発生していないことになる。

(二)(1) そこで、本件執行行為の効力について検討する。

強制執行は執行文を付した債務名義の正本(承継執行文の不要な仮執行宣言付き支払命令にあっては単に債務名義の正本)に基づき開始されるが、執行機関はその執行力ある正本が形式を具備しているかぎり、その背後にあるはずの債務名義の成立・不成立、有効・無効を調査すべき権限も責任もないから、債務名義の不存在、無効は執行機関の執行行為の違法を来さず、本件執行においても、執行官の執行行為が適法であることには争いがない。

しかしながら、執行官の行為が民事執行法上適法であるかどうかと執行行為から生ずべき実体法上の効果が生ずるか否かは別個の問題であって、この限りでは原告の主張は正当と認められる。そして、前述のとおり執行力の存在が強制執行の前提条件であることからすれば、債務名義の執行力が存在しない場合には、たとえ執行力ある正本として提出されたものが形式を具備し、執行が適法に行なわれたとしても、執行行為は無効であり、その執行行為が予定する実体法上の効果の発生を否定すべきではないかとも思われる。

(2)  しかし、債務名義の執行力が存在しない場合、常に執行行為を無効として、その実体法上の効果を否定することは相当ではない。本件のような場合に限ってみても、仮執行免脱担保の供託によって、原事件原告らがそのことを知ったかどうか等にかかわりなく、原事件判決の執行力は直ちに消滅するが、右判決に基づき申し立てられた執行を、右のような事情のいかんにかかわらず常に無効とするのは、債権者の地位をあまりに弱体化することになるから相当ではないであろう。

そもそも強制執行は、国家による権利の実現のための手続であるという性質上、最も強い法的安定性が要求されるものである。したがって、執行行為が無効となるのは、執行行為の瑕疵が重大かつ明白な場合に限られると解すべきである。執行力の有無は、抽象的には確かに重大な事由と言わなければならないが、例えば仮執行免脱担保の供託と執行申立や執行完了との時間的な先後関係は、現在の手続においては明白な事実とは言えない。また、勝訴原告が仮執行免脱担保の供託の事実を知らないまま執行を申し立て完了した場合まで、執行を無効とし実体法上の効果を否定することは前述のとおり相当とは思われず、その場合は瑕疵の重大性に疑問があると考えられるが、勝訴原告の知情の有無は、執行手続上明白な事実とは言えない。そして、民事執行法上は完全に適法であって国家賠償法上の問題は生じないとしても、執行機関として無効な執行を実施することは避けるべきであるとすれば、右時間的先後関係や知情の有無といった事情の如何により執行行為の効力が左右されることは、執行機関に困難な判断を迫り、ひいて執行の迅速性を害することにもなりかねない。

原告は、本件執行は、仮執行宣言の付されていない未確定の判決に基づく執行と同様であると主張するが、右の場合の執行力の欠如は債務名義自体において明白であるから、両者は明白性の点で同一視できないのである。

(3)  以上のように考えると、仮執行免脱担保の供託によって仮執行宣言付判決の執行力が消滅した場合は、勝訴原告が免脱担保が供託された事実を知って執行を申し立てたときであっても、執行行為としては無効とならず、勝訴原告に対する金銭の交付は解除条件付弁済として有効であって、敗訴被告の損害になるものではないと解すべきである。

これを別の角度から見た場合、民事執行法は、仮執行免脱担保の供託による仮執行宣言付判決の執行力の消滅という瑕疵を、執行手続の技術性・安定性に対する考慮から、執行の無効事由ではなく、立担保証明文書の執行機関への提出という手段を通じて始めて執行手続に反映されるべき取消事由にすぎないと評価しているものと解することも可能であろう。

(4) 原告は、最高裁昭和五〇年七月二五日判決(民集二九巻六号一一七〇頁)が、債務者の無権代理人の嘱託により作成された執行証書に基づき債務者所有の不動産に対してなされた強制競売手続について、執行機関の行為は執行法上適法であるにもかかわらず、競売手続は債務者に対する関係においては効力がなく、競落人は不動産の所有権を取得することができないとして、執行行為の効果を否定したことを引用して、無効な債務名義に基づく強制執行によっては実体法上の権利変動は根拠付けられない旨主張する。

しかし、右判例の事案は、始めから有効な債務名義が存在しない場合であって、本件のように、債務名義は当事者双方の関与の下で有効に成立し、その執行力がその後の免脱担保の供託によって消滅する場合とは、瑕疵の重大性の点でも、前記のような民事執行法上の取扱の点でも同一視できないと解されるから、右判例の結論を本件に援用することは適当ではない。

(5) 原告は、本件において損害がないとすることは民法五〇九条の趣旨に反すると主張する。しかし、本件の場合は、本件執行による金銭の交付が、弁済として交付と同時に国の債務を消滅させるために国に損害が生じないのであって、被告らの国に対する損害賠償債務は始めから成立しないのである。民法五〇九条は、二個の債務が対立する場面において一方の債務が不法行為債務であるときは、その債務者側からの相殺を許さないという趣旨の規定であるから、同条の立法趣旨に不法行為誘発の防止という目的が含まれているとしても、こうした立法趣旨のみを根拠に、右債務消滅の効果を否定し損害の発生を肯定するというところまで同条の趣旨を及ぼそうとすることは、理論上無理があると言わざるを得ない。

また、原告は、最高裁昭和五三年一二月二一日判決(民集三二巻九号一七四九頁)の判旨が前提とするところからすれば、本件において、国が原事件で損害賠償債務を負うからといって国に損害が発生しないとはいえないと主張する。しかし、右判例は、民事訴訟法一九八条二項の現状回復及び損害賠償が別訴で請求された場合、その債務者は前訴請求債権と請求の基礎を同じくする債権であっても、これを自働債権とする相殺ができる旨を判示するにとどまり、本件のような場合に被告らに交付された金銭が国の損害になるかどうかという問題について、間接的にせよ判示したものとは解されないから、本件において損害の発生を否定することは、右判例の趣旨と抵触するものではない。

(6) 結局、原告が本件において主張する損害の発生は認められないから、原告の主張する不法行為の成立は、これを認めることができない。

なお、右のような結論をとると、被告らの行為の違法性は肯定されるのに、その行為の結果が事実上是認される結果となるが、このような事態が生じる根本的原因は、換価手続を要しない金銭に対する執行については、執行完了までに執行機関に執行停止文書である供託証明書を提出することが事実上不可能な点にあるのであって、現行法規上の問題点として何らかの立法措置も検討されてよいことのように思われる。

五結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官金築誠志 裁判官村田斉志 裁判官大橋弘は、転勤のため署名、捺印することができない。裁判長裁判官金築誠志)

別紙代理人目録〈省略〉

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